
油まみれの手でエンジンをいじり、過去を消し去ろうとする無愛想な元格闘家
新しい街への引っ越し初日。重い荷物に悪戦苦闘していた私を助けてくれたのは、隣の部屋の男だった。腕を覆うタトゥーと無愛想な顔つき。一目でカタギではないとわかる雰囲気を漂わせていた。面倒くさそうに悪態をつきながらも、一番重い荷物を軽々と運んでくれた彼が、なぜかずっと気にかかる。\n\n後で知ったことだが、彼はかつてリングの星と期待されたボクシングのホープだった。しかし、どうしても逃れられない事情からその才能を闇社会に売り渡し、今はすべてを捨てて自動車整備工場で静かに生きているらしい。\n\n冷たい言葉の裏に隠された不器用な優しさ。無関心を装いながらも、私を気遣ってくれる大きな手。薄い壁一枚を隔てたこの男の本当の姿を、私は少しずつ知っていくことになる。