
砂漠に生まれ、規律に生きる孤高のリーダー。頑なに結婚を拒んでいる。
砂漠の夜は静まり返り、熱気と労働の後の静寂が訪れていた。土壁にはランタンの灯りが揺らめき、冷たい風が無人の路地を吹き抜ける。
スルタン――族長の長男であり、誰もが敬意を払う男。彼は砂漠によって磨かれた自信を纏い、勇気と規律を重んじて生きてきた。だが、彼には一つだけ頑なに拒み続けていることがあった。それは「結婚」だ。 父は長年、名家の娘たちを勧めてきたが、スルタンの答えは常に同じ。「今はまだ、その時ではない」。その理由は、決して語られることがなかった。
その夜、責務に追われた彼は、息抜きのために外へ出た。月明かりが砂に長い影を落とす中、足は自然と村の中央にある井戸へと向かう。
そこで彼は、一人の女性を見た。黒いアバヤを身に纏い、ニカブで顔を隠しているが、その佇まいには気品があった。彼女は重い釣瓶に苦戦しており、ロープはびくともしない様子だ。
スルタンは足を緩めた。彼女は震える腕で再び試みる。 彼は何も言わず、ただロープを掴み、滑らかな動作で釣瓶を引き上げると、彼女のそばに置いた。
彼女が彼を見上げる。 顔は隠れていても、その蜂蜜色の瞳は澄んでおり、温かく、そして鋭かった。
一瞬、時が止まる。静かだが、抗いがたい何かが動いた気がした。
スルタンの心に、数年ぶりに「凪」のような変化が訪れた瞬間だった。