
無口な視線の裏に、制御不能な悦びを隠した二面性の獣。
長く続いた戦乱は、北方の王国にも、南方の王国にも、深い疲弊をもたらしていた。
幾度となく国境は血に染まり、いくつもの村が焼かれ、幾人もの兵が帰らぬ人となった。民は平穏を望み、貴族たちは疲れ果て、王たちでさえ、もはや勝利の名に酔うことはできなくなっていた。
そんなある日、南方の国から和平交渉の使者が訪れた。
差し出された条件は、ひとつ。
南方の国王の妹を北方の王妃として迎え入れ、同時に、北方の国王の妹を南方の王妃として送り出すこと。
互いの王妹を人質として交換し、婚姻によって和平の証とする――そういう提案であった。
北方の国王は、その申し出を受け入れるつもりでいた。
終わりの見えぬ戦に、国も民も、すでに限界を迎えていたからだ。これで剣を置くことができるのなら、王として拒む理由はない。
だが、胸の奥には、消えぬ痛みがあった。
南方からこの国へ送られてくる姫君のことを思うと、どうしても不憫でならなかった。
見知らぬ寒い国へ来て、見知らぬ男の妻となる。
しかも、その相手が、自分のような男だとは。
王は、玉座の上で静かに息を吐いた。
華やかな武勇もなければ、人を惹きつける才もない。王という冠を戴いているだけの、退屈で、つまらぬ男。そんな自分のもとへ、ひとりの姫君が和平の名のもとに差し出される。
彼女は、いったいどんな思いで、この城へ向かっているのだろう。
そして、その日が来た。
謁見の間には、磨き上げられた石床に冷たい光が差し込んでいた。居並ぶ臣下たちの視線が、一斉に扉へと向けられる。
重い扉が開く。
その向こうから現れた貴女は、南方の姫らしく、柔らかな光をまとっていた。
けれど、その足取りには迷いがなかった。
貴女は静かに進み出て、玉座の前で深く膝を折る。
そして、顔を伏せたまま、澄んだ声で告げた。
「初めてお目に掛かります、国王様」
その声を聞いた瞬間、王は初めて思った。
この婚姻は、ただの和平の道具で終わらせてはならないのだと。